聖護院御伽草子
序品之一
2017.11.22 *Edit
今は昔、大和国。
律令の制も定まりついた、華やかなりし世。
賑わう人界の傍らにあっても、山々の懐にはいまだ悠久の静かな時が流れていた。
律令の制も定まりついた、華やかなりし世。
賑わう人界の傍らにあっても、山々の懐にはいまだ悠久の静かな時が流れていた。
風が木々を靡かせ、揺れた枝葉から木の実が落ちる。
餌を拾いに集まった鳥たちの背後には、忍び寄る獣。
しかし、鳥は気配を察して飛び去ってゆく。
鬼遊びでもしているのかのような様子で
鳥達が越えていった空の下では、二つの影が声を交わしていた。
「タスク。綺麗な花がある」
「どれですかユウ? あぁ、それは鳥兜。毒のある花ですよ。」
「こんなに綺麗なのに? 毒?」
穏やかに会話をする少年と少女。
年はおそらく13・14歳くらいであろうか?
少年は植物に詳しいのか、先程から少女からの質問に答えて、
草木や花の名前とその効能について話している。

しかし、その微笑ましい光景には、
世人が見れば違和感を抱くに違いない点が二つあった。
まず、両者とも姿は普通の子供と概ね変わらないが、
側頭の辺りに毛に覆われた獣の耳が付いている。
更には、人間にはあるはずのない尻尾が臀部から生えている。
風や物音に合わせて動き、感情を表すように揺れるそれらは、
明らかに血の通った身体の一部として彼らの所作に馴染んでいた。
この不思議な風采の二人は鬼か獣か、それとも【人間】なのか————
「その鳥兜は毒がありますが、少量ならば薬にもなるんですよ」
「毒が薬に? どういうこと?」
「大量に摂取すれば毒です。しかし、使い方によっては薬となるんですよ。
確か、鎮痛の効果があったはずです。」
薬草について話す少年、少女から【タスク】と呼ばれた彼は、
焦茶色で少し丸みを帯びた耳と、大きめの尻尾————
まるで狸のような部位を備えた、穏やかそうな少年である。
静かに相槌を打つ少女、タスクから【ユウ】と呼ばれた彼女は、
頭上の白く尖った耳を話にそばだてている。
猫のように細長い尻尾は、興味の程を代弁するかのように
大きくゆっくりと動いていた。
和やかに草木の話を続ける二人の耳に、
少し離れた所から、彼らとは別の騒々しい声が聞こえてきた。
「待ちなさいウラ!」
「嫌だよ! 捕まえてみなツネ!」
「遊んでるんじゃないの! 危ないから止まれって言ってるでしょ!」
ただならぬ様子の声音に、タスクとユウが顔を見合わせる。
「ツネとウラ?」
「どうかしたんでしょうか?」
花を眺めていた二人が立ち上がった傍を、
すごい勢いで影が走り抜けてゆく。
「うわ?! ウラ? どうしたのですか?」
「タスク! それにユウ! ツネが追いかけてくるんだ! またな!」
「え? えぇ?!」
楽しそうな表情で、勢い良く走り去っていった少年、
【ウラ】と呼ばれた彼も同様の衣を纏い、獣の特徴を備えていた。
まるで犬のそれのようにピンッと頭部に尖りたつ耳。
走るのに邪魔にならないようにする為なのか、
腰に付いているのはこぢんまりとした丸い巻き尾である。
ウラが嬉々として駆け去ってすぐ、
彼を追いかけるようにもうひとつの影がタスク達の所にたどり着いた。
「タスク! ユウ! ウラは?!」
「ウラなら、向こうに行きましたよツネ。どうかしたんですか?」
「競争すると言い出したのは良かったんだけど、危険な所ばかりを走っていくの。
危ないから止めようとすると、今度は楽しそうに余計止まらなくて……」
困ったように話すのは、【ツネ】と呼ばれた長髪の少女である。
凛々しい目つきに、タスク達より少し大人びた雰囲気がある。
装束、頭部に揺れる獣耳、そしてふわふわとした大きな尻尾の全てが、
艶やかな狐色を森の中に浮き立たせていた。
「ツネ、あっちは崖がある」
「それに、確かその崖の下には川も流れてますね」
「あのバカ犬!」
急いで走り出したツネの後ろ姿に、タスクとユウはただ
「気をつけて〜」とのんびりと手をふるだけだった。
彼らにとっては、こんな追走劇は特に目新しくもない日常の光景なのだろう。
(続く)
餌を拾いに集まった鳥たちの背後には、忍び寄る獣。
しかし、鳥は気配を察して飛び去ってゆく。
鬼遊びでもしているのかのような様子で
鳥達が越えていった空の下では、二つの影が声を交わしていた。
「タスク。綺麗な花がある」
「どれですかユウ? あぁ、それは鳥兜。毒のある花ですよ。」
「こんなに綺麗なのに? 毒?」
穏やかに会話をする少年と少女。
年はおそらく13・14歳くらいであろうか?
少年は植物に詳しいのか、先程から少女からの質問に答えて、
草木や花の名前とその効能について話している。

しかし、その微笑ましい光景には、
世人が見れば違和感を抱くに違いない点が二つあった。
まず、両者とも姿は普通の子供と概ね変わらないが、
側頭の辺りに毛に覆われた獣の耳が付いている。
更には、人間にはあるはずのない尻尾が臀部から生えている。
風や物音に合わせて動き、感情を表すように揺れるそれらは、
明らかに血の通った身体の一部として彼らの所作に馴染んでいた。
この不思議な風采の二人は鬼か獣か、それとも【人間】なのか————
「その鳥兜は毒がありますが、少量ならば薬にもなるんですよ」
「毒が薬に? どういうこと?」
「大量に摂取すれば毒です。しかし、使い方によっては薬となるんですよ。
確か、鎮痛の効果があったはずです。」
薬草について話す少年、少女から【タスク】と呼ばれた彼は、
焦茶色で少し丸みを帯びた耳と、大きめの尻尾————
まるで狸のような部位を備えた、穏やかそうな少年である。
静かに相槌を打つ少女、タスクから【ユウ】と呼ばれた彼女は、
頭上の白く尖った耳を話にそばだてている。
猫のように細長い尻尾は、興味の程を代弁するかのように
大きくゆっくりと動いていた。
和やかに草木の話を続ける二人の耳に、
少し離れた所から、彼らとは別の騒々しい声が聞こえてきた。
「待ちなさいウラ!」
「嫌だよ! 捕まえてみなツネ!」
「遊んでるんじゃないの! 危ないから止まれって言ってるでしょ!」
ただならぬ様子の声音に、タスクとユウが顔を見合わせる。
「ツネとウラ?」
「どうかしたんでしょうか?」
花を眺めていた二人が立ち上がった傍を、
すごい勢いで影が走り抜けてゆく。
「うわ?! ウラ? どうしたのですか?」
「タスク! それにユウ! ツネが追いかけてくるんだ! またな!」
「え? えぇ?!」
楽しそうな表情で、勢い良く走り去っていった少年、
【ウラ】と呼ばれた彼も同様の衣を纏い、獣の特徴を備えていた。
まるで犬のそれのようにピンッと頭部に尖りたつ耳。
走るのに邪魔にならないようにする為なのか、
腰に付いているのはこぢんまりとした丸い巻き尾である。
ウラが嬉々として駆け去ってすぐ、
彼を追いかけるようにもうひとつの影がタスク達の所にたどり着いた。
「タスク! ユウ! ウラは?!」
「ウラなら、向こうに行きましたよツネ。どうかしたんですか?」
「競争すると言い出したのは良かったんだけど、危険な所ばかりを走っていくの。
危ないから止めようとすると、今度は楽しそうに余計止まらなくて……」
困ったように話すのは、【ツネ】と呼ばれた長髪の少女である。
凛々しい目つきに、タスク達より少し大人びた雰囲気がある。
装束、頭部に揺れる獣耳、そしてふわふわとした大きな尻尾の全てが、
艶やかな狐色を森の中に浮き立たせていた。
「ツネ、あっちは崖がある」
「それに、確かその崖の下には川も流れてますね」
「あのバカ犬!」
急いで走り出したツネの後ろ姿に、タスクとユウはただ
「気をつけて〜」とのんびりと手をふるだけだった。
彼らにとっては、こんな追走劇は特に目新しくもない日常の光景なのだろう。
(続く)
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